「種」と「野生種」とは何か?
「学名」について
「種(しゅ)/species」とは、生物分類における基本単位であり、それぞれに世界共通の名前である「学名/scientific name」をつけます。種の学名を「種名/species name」といい、植物分類学においては「属名/generic name」と「種小名(しゅしょうめい)/specific name」の組み合わせで表します(動物や細菌でも概ね同じであるものの、学名の命名規約が異なるため若干異なる点があります)。この表し方を「二名法」といい、分類学の父として知られるカール・フォン・リンネによって体系化されました。
この記事では特に注釈がない限り、植物の分類学に限って解説します。
学名は何語が由来でもよいとされますが、あくまでラテン語の文法に則り、全てラテン語として扱われます。属名の最初だけは大文字で、それ以外は小文字で記すのがポイントです。
上の植物の学名は“Lithops coleorum”で、属名の“Lithops”は古代ギリシア語の“λίθος/líthos(石)”と“ὄψ/óps(顔)”に由来し、種小名の“coleorum”はこの属の植物の専門家であったDesmond Thorne Cole氏とその妻であるNaureen Adele Cole氏を称えて名付けられました(“-orum”はラテン語の接尾辞で所有・帰属を表し、“coleorum”は“Coleたちの”という意味)。古代ギリシア語は借用語として学名に非常によく使用されます。
種の下には「亜種/subspecies(略:subsp./ssp.)」や「変種/variety(略:var.)」、「品種/form(略:f.)」という分類階級を置く場合もあり、遺伝的に近いものの地理的隔離が存在するなどで形態に差がある場合に使用されます。ちなみに動物の分類学では変種や品種は認められておらず亜種のみです。
「品種/form」は一応階級としては存在するものの最近は専ら使用されません(品種程度の違いならそもそも分けない)。そして「国際栽培植物命名規約」における「栽培品種/cultivar」とは全く異なる概念でもあります。よく間違われますが、例えば上記の“Lithops coleorum”は「種」なので「品種」と呼ぶのは誤りです。
仮にLithopsという属であるのはわかっても種がわからない(未同定種)、そもそも学名がまだついていない(未記載種)場合は“Lithops sp.”と表記します。
「種」と「野生種」について
先程までは学名の基本について記したので、次は「種」と、私が最も重要視し好んで集めている「野生種」とは何かを説明しましょう。
“「種」という概念には明確な定義がある”と思っている方も多いかもしれませんが、実際のところは非常に曖昧なものです。植物には「種の複合体/species complex」というものがあります。例えば分布の北部と南部のコロニーで外見が大きく異なっていても交雑“自体”は可能で、その影響で形態の変異がグラデーションのように連続しており、明確に種の境界を定めるのが難しい一群のことです。種の上の分類階級である科や属レベルでは、最近はDNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列から直接、生物の進化の過程を解析する分子系統学による研究である程度の境界を定められますが、生物分類の基本単位である種レベルになるとなかなか難しい点があるのです。
現代の植物分類学においては、このように自然下でも互いに交雑が可能で中間的な形態がたくさん存在する場合はそれらを全て一括りにし1つの種と見做すことが多いですが、 実際には北部と南部の個体が直接交雑することは基本的にありません。分布が広い種では特に、どこで採集されたのかわからない個体同士を交配させてしまっては園芸的な交雑種になってしまいます。先程「交雑“自体”は可能」と強調したのはそのためです。
メダカなどでもいわれていますが、どこ産なのかわからないものを、自然保護として特定の地域に放流する・植えるといった行為は遺伝子汚染に繋がるため絶対に行ってはいけません。

Pelargonium parviflorumは多様な形態をもつPelargonium carnosumの種複合体である

Aloe springatei-neumanniiは同一コロニー内でも花色に大きな差がある
その逆で同一地域に自生する同一種であっても、株姿や花色に個体差があるものは多く存在します。特定の形質のもの同士を何代にも 渡り交配・選抜していけばその形質が固定されるでしょうが、前述の通り同じ地域でも個体差があるのが本来の姿であるため、人為的に選抜してしまっては「野生種」とは呼べないでしょう。
私のいう「野生種」とは、ある特定の自生地でコロニーを作り、その中で花粉を交換し合い繁殖している植物たちの“遺伝的な個性”です(「野生種」という名前は命名規約で定められたものではなく、私が個人的につけたものであることに注意)。そのため私は“どこで採集された系統なのか”というのを示す産地情報を最も重要視しているのです。この情報さえあれば、種の同定の精度や未記載種であろうと関係なく、他のものと区別することができるようになります。
そして特に多肉植物では産地情報の他に「フィールドナンバー」というものが付属している場合があります。上の写真には“Lachenalia sp. (JAA 1074)”と表記されていますが、“JAA 1074”がフィールドナンバーと呼ばれるものです。
フィールドナンバーは基本的に採取者(コレクター)のイニシャルとその人物の管理番号で構成されています。例えば“JAA”ナンバーはフランスでナーセリーを経営しているJean-André Audissou氏のもので、“JAA 1074”は南アフリカ、西ケープ州にあるDouse the Glim産の植物です。
当方の“JAA 1074”は日本でも有名なドイツのナーセリーであるKoehres Kakteenから輸入した種子から育てたもので、Audissou氏のナーセリーではこのナンバーは現在Lachenalia marginataとして扱われていますが、当方で調べる限りその種とは形態が異なるように思えます(L. marginataの葉は通常1枚のみ、当方では未同定種扱いに)。そのためロットの間違いを疑ったのですが、Audissou氏本人に尋ねたところ“JAA 1074”はこの植物で間違いないようです。このように、フィールドナンバーでコレクターが判明していれば本人に直接尋ねることも可能なため万が一のロット違いにも役立ちます。
おわりに
最近は「ハビタットスタイル」という、自生地の風景を鉢の中で再現する園芸も流行っていますが、その自生地を知るには産地情報が不可欠です。下記のリンク集にあるiNaturalistが自生地の風景を知るのに役立ってくれるでしょう。
園芸的に交配・選抜された植物も美しいですが、私のように野生の系統をそのまま栽培するのも一興です。自生地に思いを馳せ、ぜひ「野生種」を栽培してみてください。




